| お盆は「仏教の行事」か |
「お盆とは何でしょう」という質問にたいして、おもに年輩の方からは「お盆は仏教の行事だよ」という答えがかえってくると予想されます。
なるほど、たしかに
・お盆をさす古い言葉「盂蘭盆」は、もともと仏教の言葉。
・仏教のお経に「仏説盂蘭盆経」というのがあり、お盆の由来を説明している。
・仏教寺院では、「盂蘭盆会」という名前の儀式が古くから行われてきた。
・仏教は、民間の盆行事に多大な影響を与えてきた。
と、たくさんの根拠があります。「お盆」と仏教が関係深いことは間違いないようです。
では「お盆=仏教の行事で、仏教とともに入ってきたもの」なのでしょうか?
実はそう簡単にはいきません。お盆には、仏教では説明できない行事や思想がたくさんあるのです。
たとえば「毎年お盆にご先祖様が戻ってくる」という、誰もが一度は聞いたことのある有名な話。いったん成仏したはずの魂がこの世に戻るという考え方は、仏教の教えにはないものです。
「盆踊り」は、どうでしょうか。あるお経に「阿弥陀様の教えを聞いたものは躍りあがって喜ぶ」という一節があります。しかし、ここからあの広範で多彩な盆踊りが生まれたと想像するのは、ちょっと困難です。それに仏教の本場インドや、中国・韓国などで盆踊りを踊った形跡もありません。
こうしたことから、むしろもともと日本の「民俗」の中に、お盆やさまざまな盆行事をはぐくむ条件があったのではないか、と考えられるのです。
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| 民俗行事としての「お盆」 |
「お盆」は、正月とならんでわが国最大の民俗行事です。
それも「ヒナ祭り」や「端午の節句」のように単一日程の行事ではなく、いくつもの行事が長い日程にわたって複合化した、巨大な「行事群」ともいうべきものです。
◆正月とお盆の対応
実は「お正月」と「お盆」には、深い不思議な対応関係があることが知られています。
わが国には、一年を通じて非常にたくさんの伝統の民俗行事=「年中行事」が存在します。しかしながら、一見脈絡なく行われているように見えるこうしたたくさんの行事の間には、マクロに見るときわめて単純明快な構造があることが、民俗学の研究で明らかになってきました。
もっとも基本となるのは、正月が一月、お盆が七月(旧暦)で、一年十二ヶ月をちょうど半分にわけるような「対称的」な位置にこの2大行事が置かれていること。そして、その間にあるさまざまな行事にも、しばしばこうした対称性が見いだされる、ということです。
こうした「年中行事の構造」は、わが国の民俗文化の基本的な構造の一つとして知られるようになってきています。こうした民俗行事の大きな枠組みは、日本列島に住む人が長い時間をかけてつくりあげてきたものであって、単に仏教の影響だけで形づくられたとはやはり考えにくいのです。
◆お盆は「たままつり」のシーズン
後のコーナーーでご紹介するように、お盆の期間中に行われるさまざまな行事を並べてみると、一見脈絡のない行事群の底流に、一つの意味=先祖の霊を迎え・送るということが見えてきます。「正月は神事、お盆は仏事」といった性格分けが第に強まりますが、もともと正月もお盆も「たままつり」のシーズンであるという点で共通していました。
もちろんお盆には「ご先祖様」以外にも、その年に亡くなった「新精霊」の霊や、「餓鬼」「無縁仏」など、さまざまな霊的存在が去来する時季と考えられていました。お盆などの夏場はしばしば「疫病」や「台風」が訪れる季節であることも、こうした考え方に根拠を与えたのでしょう。
◆仏教と民俗の「習合」
こうした「たま」をいかに祀り、また鎮めるかという点で、仏教の果たした役割はやはり大きなものがあったようです。古来の民俗的な神信仰では不十分と感じられるようになったとき、新しい鎮魂の技術や思想を人々に提供したのが仏教でした。
仏教がお盆の文化に「カタチ」を与えた影響は、想像以上に大きいと考えられます。ただ、そうした仏教文化は、前にもみたようにもともと日本に存在していた民俗をベースにして受け入れられ、現在のような「お盆」の文化が形づくられてきたわけです。
こうしてみると、お盆は「仏教行事か民俗行事か」なのではなく、仏教文化と民俗文化の習合の産物であった、ということになりそうです。異なる文化を融合する日本文化の特徴を、はっきり読みとることができます。
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